営業、商談、あるいはパートナーとの話し合い。
私たちは「相手を説得しよう」とする時、つい自分が喋りすぎてしまいます。
論理的なデータを並べ、メリットを提示し、相手を言い負かそうとする。
しかし、FBI(連邦捜査局)の人質交渉人たちは全く逆のことをします。
彼らの目的は、犯人を説得して人質を解放させることですが、そのために「自分からはほとんど喋らない」という戦略を取ります。
なぜなら、人は「自分の話を聞いてくれない人間」の言うことなど、1ミリも聞こうとしない生き物だからです。
逆に言えば、相手に「十分に聞いてもらった」と感じさせれば、相手はこちらの要求を受け入れる態勢(聞く耳)を自ら作ります。
今回は、単なる「相槌」とは次元が違う、戦略的に相手の脳を開くFBI流の技術「タクティカル・エンパシー(戦術的共感)」と「アクティブ・リスニング」の深層に迫ります。
技術①:ミラーリング(おうむ返し)
もっともシンプルで、かつ強力な技術です。
心理学的に「人は自分と似た人間に好意を持つ」という性質を利用します。
やり方は簡単です。「相手が言った言葉の最後(またはキーワード)を繰り返すだけ」です。
あなた:「……大変なんですね?(語尾を上げて疑問形で)」
相手:「そうなんだよ! 特にクライアントの要求が理不尽でさ…」
あなた:「……理不尽な要求?」
これだけで、相手は「自分の話を理解しようとしてくれている」と感じ、勝手に説明を続けてくれます。
沈黙が怖くて「それは大変ですね、僕の場合は〜」と自分の話をしてはいけません。
ミラーリングは、相手の脳に「もっと情報を出せ」と命令するサイレントな催促なのです。

技術②:ラベリング(感情の言語化)
相手が怒っていたり、頑固になっている時、論理的な説得は逆効果です。
必要なのは、相手の感情に「名前(ラベル)」をつけてあげることです。
「怒らないでください」と言うのではなく、
「理不尽な対応をされて、怒りを感じているようですね」
と、客観的に感情を代弁します。
* 「〜のように見えますね(It seems like…)」
* 「〜と感じているようですね(It sounds like…)」
脳科学の研究では、ネガティブな感情は「言語化」されると、脳の扁桃体(恐怖・怒りの中枢)の活動が鎮まることがわかっています。
「そうなんだよ! わかってくれるか!」と相手が言った瞬間、敵対関係は崩れ、協力関係が生まれます。
技術③:校正された質問(Calibrated Questions)
交渉において「NO」と言わせないための最強の武器です。
「それはできません」と断られた時、「なぜですか?」と聞いてはいけません。「なぜ(Why)」は相手を責めるニュアンスを含み、防御態勢を取らせてしまいます。
代わりに、「何を(What)」や「どうやって(How)」を使います。
* ❌ Bad: 「なぜ値引きできないんですか?」
* ⭕ Good: 「この予算で、どうすれば契約を続けられるでしょうか?」
これは魔法の質問です。
「どうすれば(How)」と問われると、相手の脳は強制的に「あなたの問題を解決する方法」を考え始めます。
つまり、相手を「敵」から、一緒に解決策を考える「パートナー」に変えてしまうのです。
この技術を使うことで、相手に「断った」という罪悪感を抱かせず、かつ「相手の口から解決策(譲歩)を言わせる」ことができます。

まとめ:聞くことは、もっとも攻撃的な行為である
多くの人は「話すこと」が主導権を握ることだと思っています。
しかし、FBIの哲学は逆です。「聞いている者こそが、場の情報を支配し、相手の感情をコントロールできる」のです。
次の会話では、自分の意見をグッと飲み込み、ひたすら「ミラーリング」と「ラベリング」を試してみてください。
相手が驚くほど口軽になり、あなたを「最高の理解者」だと信頼し始める様子を目の当たりにするはずです。
最高の交渉人とは、論破する人ではありません。
相手に「自分で選んだ」と思わせながら、自分の望むゴールに導く人なのです。
📚 参考文献・引用元
- ・Chris Voss (2016). Never Split the Difference: Negotiating As If Your Life Depended On It. Harper Business.
- ・Rogers, C. R., & Farson, R. E. (1957). Active Listening. Industrial Relations Center, University of Chicago.
- ・Lieberman, M. D., et al. (2007). Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.