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「君のためを思って言っているんだぞ」
そう前置きして厳しい指導をしたのに、部下は反省するどころか、心を閉ざしてしまった…。
リーダーなら誰もが経験するこの現象。実は、部下の性格の問題ではありません。
人間の脳の構造上、「ダメ出し」は「殴られること」とほぼ同じ意味を持つからです。
脳科学の知見を無視したフィードバックは、部下の脳パフォーマンスを下げ、組織を崩壊させます。
今回は、相手の脳を脅かさず、自発的な行動変容を促すためのフレームワーク「SCARF(スカーフ)モデル」について解説します。
脳は「批判」を「物理的暴力」と区別できない
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の研究で、衝撃的な事実が判明しました。
人が「仲間外れ」や「社会的評価の低下」を感じた時、脳内で反応する部位(前帯状皮質)は、「身体的な痛み(殴られたりつねられたりした時)」に反応する部位と全く同じだったのです。
つまり、上司がみんなの前で部下を叱責したり、頭ごなしに否定したりすることは、脳科学的に見れば「職場で部下を殴っている」のと同じことなのです。
痛みを感じた部下の脳は、防御本能(闘争・逃走反応)を作動させます。
こうなると、扁桃体が暴走し、思考を司る前頭前野はシャットダウン。「反省」どころではなく、ただ「嵐が過ぎ去るのを待つ」か「反撃する」ことしか考えられなくなります。

脳の報酬系を刺激する「SCARFモデル」とは?
では、どうすれば脳に「痛み」を与えずに、行動を修正させることができるのでしょうか?
脳科学者デイビッド・ロックは、人が「報酬(快)」や「脅威(不快)」を感じる5つの社会的要素を特定し、その頭文字をとって「SCARF(スカーフ)モデル」と名付けました。
* S (Status / 地位): 自分が尊重されているか?
* C (Certainty / 確実性): 未来が予測できるか?
* A (Autonomy / 自律性): 自分でコントロールできるか?
* R (Relatedness / 関連性): 仲間だと感じているか?
* F (Fairness / 公平性): 扱いは公平か?
ダメなフィードバックは、これらをすべて侵害します。
逆に言えば、この5つを満たすように伝えれば、部下の脳は「報酬」を感じ、喜んで話を聞くようになります。

明日から使える!SCARF式フィードバック術
部下の脳を「防御モード」から「学習モード」に切り替えるための、5つの具体的テクニックを紹介します。
Hack 1:Status(地位)を守る「許可と相談」
いきなり「ここがダメだ」と指摘すると、相手のStatus(プライド・地位)は急降下し、脳は攻撃態勢に入ります。
まずは相手のStatusを上げ、聞く態勢を作ります。
* ❌ 「この資料、ここが分かりにくいから直して」
* ⭕ 「君の意見を聞きたいんだけど、今いいかな?」(Status向上)
* ⭕ 「この部分は、どうすればもっと伝わると思う?」(相手を専門家として扱う)
「教える立場(上)vs 教わる立場(下)」ではなく、相談することで対等な関係を作り、脅威を取り除きます。
Hack 2:Certainty(確実性)を与える「予告」
脳は「予測できないこと」に膨大なエネルギーを浪費し、恐怖を感じます。
上司からの曖昧な呼び出しは、部下の脳をパニックにさせます。
* ❌ 「あとでちょっと会議室に来て」(何の話? 怒られる? クビ?→脳が恐怖でフリーズ)
* ⭕ 「次回のプロジェクトのスケジュールの件で、15時から10分だけ相談できる?」(内容・時間・目的が明確)
「何が起きるか」を明確にするだけで、脳の無駄なリソース消費(不安)を防げます。
Hack 3:Autonomy(自律性)を与える「選択肢」
人は「やらされる」ことを強烈に嫌います。Autonomy(自律性)が侵害されると、強いストレスを感じます。
解決策を一方的に押し付けるのではなく、相手に選ばせましょう。
* ❌ 「次は必ずAの方法でやってくれ」
* ⭕ 「A案とB案があると思うけど、君ならどっちが効果的だと思う?」
* ⭕ 「改善するために、私がサポートできることはある?」
「自分で決めた」という感覚が、脳の報酬系を活性化させ、実行への責任感を生みます。
Hack 4:Relatedness(関連性)で「敵」から「味方」へ
脳は「自分とは異なる集団(敵)」からの言葉には耳を貸しません。
フィードバックの際は、心理的な距離を縮め、同じチームの仲間(In-group)であることを示す必要があります。
* ❌ (無表情で)「数字が達成できていないね」
* ⭕ 「この課題はチーム全体の問題だ。一緒に解決策を考えよう」
* ⭕ (雑談などを挟み)「私も昔、同じ失敗をしたことがあるよ」
共通点や共感を示すことで、脳の警戒アラートを解除できます。
Hack 5:Fairness(公平性)を守る「透明性」
人間の脳は「不公平」に対して、腐った食べ物を見た時と同じ脳部位(島皮質)が反応し、強烈な嫌悪感を抱きます。
厳しい決定をする時ほど、「なぜそうしたのか」というプロセスを開示(透明化)する必要があります。
* ❌ 「決定事項だから、つべこべ言わずにやってくれ」
* ⭕ 「予算の都合上、今回は君の案を通せなかった。理由は〇〇だ。でも君の提案のここ(評価点)は素晴らしかった」
結果がネガティブでも、理由がクリアで公平であれば、脳は納得しやすくなります。
まとめ:マネジメントとは「脳の管理」である
「最近の若手は打たれ弱い」と嘆く前に、あなたのアプローチが相手の脳にとって「猛獣の襲撃」になっていないか見直してみてください。
SCARFモデルは、相手を甘やかすためのものではありません。
無駄な「痛み」を取り除き、相手の脳を「学習モード」に切り替えるための、極めて論理的なビジネススキルです。
まずは次のミーティングで、命令する代わりに「君はどう思う?」と問いかけることから始めてみませんか?
📚 参考文献・引用元
- ・デイビッド・ロック(著)『最高の脳で働く』 ディスカヴァー・トゥエンティワン
- ・Eisenberger, N. I., et al. (2003). Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion. Science.
- ・鈴木祐(著)『不老長寿メソッド』(社会的苦痛に関する記述) クロスメディア・パブリッシング